数意と姓名

数意

姓名判断は御存知のように、東洋五術(命、卜、相、医、山)のなかの相術にあたります。「姓名判断を見る」とは「名前の相」すなわち、「名相を見る」ということであり、「名相」とは「画数の数意」ですので、「姓名判断を見る」というのは、「名前の画数の数意」を見るというふうになるわけです。

「数意」の見方の根本は陰陽五行説からきており、1~10までの数を五行(木、火、土、金、水)に当てはめます。奇数(1、3、5、7、9)を陽数「偶数」(2、4、6、8、10)を陰数とし、五行における陽陰を兄(え)弟(と)といい、十干があてはまります、いわゆる、「きのえ(1)、きのと(2)、ひのえ(3)、ひのと(4)、つちのえ(5)、つちのと(6)、かのえ(7)、かのと(8)、みずのえ(9)、みずのと(10)」となります。

名相を見るときの数意は1~81までありますが、姓名鑑定では、1の位の数(これを係数、もしくは端数と呼ぶ)を重要視します。1系列(1、11、21、31、41、51・・・)、2系列(2、12、22、32、42、52・・・)・・・10系列(0、10、20、30、40、50・・・)とし、木の陽(1系列)、木の陰(2系列)、火の陽(3系列)、火の陰(4系列)、土の陽(5系列)、土の陰(6系列)、金の陽(7系列)、金の陰(8系列)、水の陽(9系列)、水の陰(10系列)となります。

ちなみに、日本古来の神道では、「数」を神として崇め、古来より「十種の太祓」というのがあります。

一二三四五六七八九十と数を唱えて祈れば、寿命は長く、子孫は繁栄し、病気は治り、更には死んだ者も蘇るとまでいわれ、必ず神が護り給うと信じられていました、また、占いの「ウラ」とは古語で「心」のことを意味しており、うら悲しい、うら淋しい、恨めしい、羨ましいなど「ウラ」がつく言葉は心の問題を表現したものです。古い神事に「御占にかける」ということがあり、伊勢神宮には「御占の神事」というのがあります。

ウラに合うことがウラナイであり、すなわち「神の心に合うか、合わないか」それを計るのが占いということになるわけです。

神の心に自分の心を合わせてみる、これが人間の反省心であり、ウラナイの真義です。神の心に帰って考えてみる、いわゆる「神帰る」「かみかえる」(=かんがえる)となるわけです。

数は神なり、「姓名は神なり」という言葉がありますが、次回から系列毎に「数意」についてまとめ、例をあげながら説明したいと思います。